雑記

パンツをはかない息子

utsupapa

 わたしの息子はパンツ(下着)をよく履かないことがある。

 お風呂から出た後、息子の着替えをじーっと見ていると、パンツを履いていない。

 パンツを手に取るが、明らかにタンスに戻している。

 そして、何事もなかったかのようにズボンを履く。

 ・・・。なぜ、パンツを履かない。

 そして、エサをゲットしたサル並みのダッシュで立ち去ろうとする。

 その度「とりあえず、パンツを履きなさい」と𠮟りつけてきた。

 が、最近うつ病になってから、考えが寛容になったのか、ひねくれてきたのか。

 なんでパンツを履かなければならないのか、説明できない自分に気付いた。

 「当たり前」 便利な言葉だ。

 「みんなそうしている」 そのとおりだ。

 しかし、子どもには通用しない。

 履きたくないものは、履きたくないのだろう。

 ただ面倒だからかもしれない。

 単純に、自分には「パンツを履かない」という選択肢がなかっただけだ

 その選択肢をいつのまにか失くしただけだ。

 そうやってこれまで、どれだけの自分の選択肢を失くしてきているのだろう。

 いや自分だけではない。

 他人の選択肢もきっと摘み取ってきたのだろう。

 まあ、自分はこれからもパンツは履くが・・・。

 そして、今後もパンツを履きなさいと叱るが・・・。

 

 人間は面白い。

 いつのまにか、その「当たり前」に染まり、囚われ、押し付ける。

 そして、あっさりその「当たり前」を捨てたりもする。

 毎日起きる、当たり前。

 仕事に行く、当たり前。

 家族を養う、当たり前。

 パンツを履く、当たり前。

 「当たり前」をできているうちは、別に気にもしない。

 しかし、できなくなったり、したくなくなったり、していない人を見たりすると

 嫌悪や焦り、空しさを感じる。

 それとともに、何かと向き合わないければならない怖さを感じる。

 忘れかけていた大事な何かと。

 

ABOUT ME
うつぱぱ
うつぱぱ
3人の子どものぱぱ
2023年6月にうつ病と診断され、療養中。
よくわからない焦りからブログを始める。
記事URLをコピーしました